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神戸・三宮の整体サロン Soleil 近藤 光の健康講座

民間療法の限界にチャレンジする整体サロンの院長が紹介する健康法

2000年9月21日 天候:曇りのち晴れ 走行距離:169km

 本日は呉市まで走ってしまった。“走ってしまった”というのも、暑さのせいか地図を見間違えて、呉の近くに広島ベイサイド坂ユースホステルがあると思いこんで呉を目指して走ったからです。

 朝、出発時は、尾道についた時点で、広島市を抜けていく行く本州ルートか、しまなみ海道抜けて四国に渡るルートにするか考えようと思っていました。
 9月下旬とはいえ、まだまだ昼間の気温は高くロングライドは厳しいので、早朝から走り始めて14時頃には行程終了し、観光という一日の予定を立てていました。

 倉敷を出発し、2時間も走ると広島県に入りました。わかりやすさ優先で、本日も国道2号線を走りましたが、途中からバイパスに突入。側を猛スピードで走っていく大型トレーラーにかなり神経を使うことになりました。また、途中1車線しかなくなり路肩も狭くなり、騒音もうるさくなったので、バイパスから降りることにしました。

 バイパスをおりて少し迷いましたが、旧国道2号線を走りました。街の中を走るので人には神経を配る必要がありましたが、車がほとんど走っていないのでバイパスより楽に走れました。
 本日から、気分転換にMDで音楽を聴きながら走ることにしました。デュアスロンのキング、ケン・スーザが音楽を聴きながらトレーニングしていて事故にあったという話しを聞いていたので、あまり良くはないなと思いながらも音を小さくして聴くことにしました。ラジオも持ってきましたが、山の中とかで音声が途絶える事もあるし、DJの話しに聞き入ってしまい注意散漫になることを恐れて、MDで音楽を聴きました。朝は“小柳ゆき”のアルバム「EXPANSION」か「FREEDOM」で、ちょっとスローテンポな曲を聞いていましたが、山の中に入って誰もいなくなり、気温の上昇とともに暑さと疲れが出てきたので、音楽を代えました。
 適当に入れたMDに“globe”のアルバム「SUPER EUROBAET presents EURO global」が入っていました。普段、EUROBAETはあまり聞かないのですが、今回は良かった。足の回転(100回転/分)とテンポがうまくあいました。まぁ、懐かしさもありますが、EUROBAETの曲にあわせてパラパラを踊るおねえチャンを見ると“そんなに盆踊りが楽しいか?バカだな”と思っていましたが、今回は、はまってしまった。一人で寂しく山の中を疾走するにはEUROBAETでしょう!

 県境からこ一時間も走ると、クロネコヤマトのコマーシャル(もっと古いと映画「時をかける少女」?)が印象的な“坂の町”尾道に入りました。確かに坂が急だ。本日は気温もかなり上がったので、港で小休止することにしました。

image79.jpg


 三原市から山側に入り東広島を目指すことにしました。理由は、本日のうちに行ければ広島市内に入りたかったからです。本郷のコンビニで遅めの昼食に入ったとき、広島市は遠すぎる事に気がつきました。かといって東広島は近すぎるし、東広島と広島の間には宿泊できそうなところがなさそうなので、呉を目指すことにしました。呉なら宿泊するところがあると思ったからです。2号線に別れを告げ、432号線で竹原に向かいました。

 先ほどまでかなりのぼりが多かったこともあり、今度は海岸線まで下りの連続でした。竹原から呉に向かう海岸線の道は狭くトラックに追い越されるときには気を使いました。しかし、瀬戸内海は穏やかで美しかったです。
 
 途中、ハンドルバーの右のブレーキレバーが付いているバーが、コキコキと少し動いている事に気がつきました。ジョイントの占めつけネジが緩んできたためで、増し締めで事無きをえました。
 
 市の境のコンビニで休んでいると、ママチャリで旅をする人が呉の方からやってきました。3段変速は付いているもののただのままチャリで、服装はTシャツに普通の単パン、サンダル履きでノーヘル、生活用品はごみ袋に入れてカゴにくりつけるといういでたちでした。私の物々しい装備とは大違いのラフな格好の彼は、北海道出身で、北海道を出発して九州まで行っての帰り道だという。更に猫までつんでいて、京都で子猫を拾いかわいそうだから家までつれて帰るといっていました。スタートしたのは夏だったので、暑さを避けるためナイトランもしたが、トラックが怖いのと道が暗くパンクに泣かされたとコーヒー色の肌を輝かせながら語ってくれました。上には上がいるなぁと感心しました。

 コンビニの側面ガラスには、Slashが表紙の雑誌が飾られ、Slashが怪しげな微笑を浮かべていました。どうやらSNAKEPITのNEWアルバムの発売と来日があるらしかった。最近、情報に疎くなったなぁと思いました。昔はあれだけ好きだったのに・・・。Slashが、GUNS N’ ROSESに戻るといのはただの噂におわり、今年こそいよいよ活動再開かと思っていたGUNS N’ ROSESは、何の音沙汰もなくもう9月です。GUNS N’ ROSESは名前こそ“GUNS N’ ROSES”のままだが、昔のGUNS N’ ROSESではなくなってしまっていた。あれでは、Axl Roseソロバンドではないか。それでもAxlの声を聴きたいという気持ちはしていた。SlashのねちっこいギターとAxlの声があってこそGUNS N’ ROSESだと思う。Axlは何をしているのだろうかと思うと同時に、頭の中で“PARADISE CITY”のビデオクリップが流れ出した。

 夕闇が迫る頃、呉市内に入った。夕方の帰宅ラッシュもはじまり、厄介な時簡に突入しました。渋滞した時間になると、渋滞でのろのろ運転の車の間のどこから飛び出しがあるかわからないし、バイクが間を縫って走ってくるからまた厄介でした。しかも市街地に出るには、天辺が見えない激坂が待っていました。登っても登っても終わりが見えてこないのです。長崎の市街地の周りにある坂を思い出しました。

 更に条件が悪くなり、路肩がなくなりました。ガラス片やゴミ、段差が多いので走りたくはなかったのですが、歩道を走ることにしました。少し走ると、歩道ですら走られなくなりました。バス停が設置してあり、その分歩道がへッコンでいました。更にベンチが設置してあり、そこに人が座っていたので、前を通ることも出来なくなっていました。自転車が通れないのだから、車椅子の人は当然通ることが出きる幅はありませんでした。このバス停はアスファルトの状態から判断すると、最近整備されていた。いったい何を考えているんだろうと思いました。弱者にやさしくないです。

 やっとの思いで坂を登りきり、呉駅前に到着しました。キャンプ場も探したが適当なものが見つからないため、交番で宿をたずねました。この交番のおまわりさんがいい人たちで、観光協会などにいろいろと電話頂き、国民宿舎音戸ロッジを紹介していただきました。食事が8時までとお伺いしましたので、少し焦りました。後で考えると、暗くなったのとハンガーノックで冷静さを欠いていました。

 真っ暗で、道を間違えて遠回りしましたが何とか19時10分頃到着しました。今日も昨日に続いて山の上の頂上ゴールのような場所でした。警察で聴いたときは国民宿舎音戸と聴いていましたが、本当は音戸ロッジでした。音戸ロッジなら何度も案内板がでていな~と・・・。

 何とか荷物を下ろして、食堂に行きましたがお腹が空いているにもかかわらず、疲れ過ぎて箸が進みませんでした。頭もくらくらします。倒れるかな~とも思えるぐらい気分が悪い。食事を部屋に運んで、22時まで休むと回復し、すべて食べる事が出来ました。 

 宿舎の方、食事を案内して用意して下さった方、ごめんなさい。本当に調子が悪かったのです。

 今日、出会えた皆さんありがとう!おやすみなさい。
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