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神戸・三宮の整体サロン Soleil 近藤 光の健康講座

民間療法の限界にチャレンジする整体サロンの院長が紹介する健康法

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 "I SURVIVED"この言葉ほど、あの大会をうまく形容する言葉はない。
 完走者には背中にこの言葉が刻まれたTシャツが記念品としてメダルと共に送られる。
 史上最も苛酷なスポーツと言われるアイアンマンに匹敵するデュアスロンを、海のないスイスで開こうとして91年に始まったのが、このパワーマンだ。
 POWER MAN DUATHLON LONG DISTANCE ITU WORLD CHAMPIONSHIP ZOFINGEN SWUTZERLAND 1 JUNE 1997 (RUN 8.5km + Bike 150km + Run30km)(97年から、デュアスロンの世界選手権も兼ねることになった)
 バイクの最高低差が320m、ランが200mと、いずれもアップダウンが激しく、まさにパワーマンの名にふさわしいコース設定だ。
 男子613人中、完走511人。約100人がリタイヤしたことになる。それほど荒れたレースであった。

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【ロケーション】
 
 スイス北部に属するゾーフィンゲンで行なわれるこの大会は、97年で9回目であった。
 ゾーフィンゲンは首都であるチューリッヒから58km、我々日本人が泊まっていたホテルのあるオールテンから8kmのところにあり、とても小さく静かな田舎町である。

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【レース】

 私は、5月29日から6月4日までスイスに滞在。到着してからレース前日までは天候もよく、気温は23~25度もあり、晴れの暑いレースが期待できそうであった。
 しかし大会当日は、一転して曇りのち雨となった。後で分かったのだが最高気温はわずか9度で、レースの始まる前に記録したそうである。
 ドイツ語圏で天気予報がよく分からず、私はノースリーブにハーフパンツのスタイルでスタート予定だったが、周りを見ると、どこかの国のナショナルチームメンバーが、やたらとホットクリームを塗っていた。
 ヨーロッパ系の人は寒さに強いはずなので、もしやと思い、私も急遽足に冬用のクリームを塗った。

 1st RUNは4、25kmを2周する。私は、心拍計を見ながら予定通りの心拍数でゆっくりと走っていた。
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 6月にしては寒いもののレースには寒すぎる事もなく、また、ツール・ド・フランスのように上りのきついところや、頂上付近には人垣が出来、トップ選手のみならず一般選手にまで、暖かく応援していた。気分はツールを走るインデュラインやルブランであった。 

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 オフィシャルのラウドスピカーでは、「日本人は、はるばる12時間も飛行機でやってきた」と観客に伝え、やたらと応援してくれた。私も調子に乗って、手を上げて応えてると歓声が大きくなった。なかなか乗りのいい人達であった。
 ヨーロッパは自転車文化が根付いているだけに、日本と比べて観戦態度や盛り上げ方が素晴らしい。
 家族連れは、まるでピクニックにでも行くようにして観戦していた。そんな中、小学生だと思うが、選手が捨てたボトル(水筒)をやたらと集めていた。空ボトルを渡すと大変よろこんでくれた。

 しかし、そんな気分もそう長くは続かなかった。BIKE(50kmを3周する)に入って1周半ぐらいしたころから、雨が本格的に降り出し、寒さで筋肉が硬直、痙攣してしまった。また、雨に打たれているので皮膚感覚も麻痺してしまい、BIKE命の私のレースはここで終わってしまった。

 心拍数は、どんどん下がり、ダンシングすると痙攣に襲われる。こうなってくると、あとは下り勝負となった。DHポジションを取り、小さくなって時速70kmでどんどん下っていった。
 安全思考の選手が多く、雨の日はむちゃしないのか、ドロップバーを持って下っているので、すぐに追い越せた。
 しかし、上りでは足が痙攣を起こすので、追い付かれてしまい、結局順位をキープするのがやっとだった。

 悪戦苦闘の末、何とかBIKEを終え、トランジットに入ったものの、あまりの寒さで手がかじかんでしまって、ランニングシューズのシューロックをなかなか止めることが出来なかった。

 トランジットから出るといきなり上りであった。その上りには400mはあると思われる人垣が出来ていて、人のトンネルを潜り抜けていった。トイレに行きたかった私は、早く人がいなくなることを望んだが、足が言うことを聞いてくれなかった。
 その後の30kmのRUNは、斜度8%はあろうかと言う物凄いアップダウンの連続であった。

 RUNコースは、起伏に富んだクロスカントリーのようなコースで、ほとんどが山の中を走るのだが、こんな山奥までと思うところまで人が来ていて応援してくれた。上りは延々と続き、帰りはそこを折り返して下るのだから、激しい下りであった。

  そんなこんなんで、折り返しに到着し、お菓子をほおばった。気温が低いので、チョコレートとクッキーを食べた。ものすごくおいしかった。スポーツドリンクは冷たくてやめた。飲むとすぐにトイレに行きたくなった。

 観客は、ゼッケン番号で選手の国籍、氏名を確認して叫んでくれた。名前がわからなければ、三菱とかいった日本製品名を言っていた。

足が言うことを利かなくなったので、どうしようもなくなりくだり勝負にした。のぼりは本当に足が出ない。何度も歩こうかと思ったが、なんとか踏みとどまった。

くだりに入ると制御の利かない足に任せて下った。一歩間違うとアウトなのはわかっていたが、順位を上げたかった。

木々が開けて、なんとか町まで戻っているのがわかり、ゴールが近づいたのがわかった。雨も上がっていた。途中から、順位ではなく完走が目標になっていたが、完走は間違いなさそうという安堵感がでてきた。
ゴールしたら、日本語を話せるスタッフが迎えてくれた。興奮していたのでよく覚えていないが、意外なところで日本語で迎えてもらえるのは大変嬉しかった。よかったという思いがした。

【攻略法】

 さて、次は私が感じたパワーマンの攻略法です。RUNに関しては相当のことを覚悟したほうがよさそうです。
 1st RUNは、ハートレートモニターと相談しながら、風景でも楽しみましょう。(ロングにはHRMは必需品です)年配の方に抜かれようが、焦っては行けません。まだレースは始まったばかりです。このあとにBIKE150km、RUN30kmがありますから、挽回はききます。楽しみは後に残しておきます。この辺はアイアンマンと同様です。

 2nd RUNは、いきなり上りなので、「とりあえずいま見えている、あの木まで」とか言った感じで、目標をもって走ってください。エイドステーションは2kmごとにありますから、ドリンクはもとより、ケーキでも食べたければ食べてください。長丁場のレース、何よりも気分転換が大切です。
 コースは1kmごとに表示が出ているので、距離に関しての不安はありません。
 30kmのコースは折り返しとなっているので、行きに上ったところを帰りは下っていきます。上りは、足が重く進まず、コンパスの短い東洋人は苦労します。(ヨーロッパ系は本当に足が長い。目線におしりが来る感じ。)しかし、焦ることはありません。東洋系は重心が低いので、(要するに足が短い)下りはガンガン行けます。(私などは、観客から「調子良さそうだ。もっと行けるぞ!」などといわれました。)

 BIKEは、コースのレイアウト的には、宇都宮のジャパンカップのコースに近いと思います。(もっとも、距離はパワーマンの方が長いのですが) 路面は、聞いていたより状態は良く、日本の県道のアスファルトと同じくらいです。しかも、日本のように道路にゴミが落ちていないし、砂利もほとんどありません。
 私は、安全を期してビットリア・コルサーCXツイントレッドで行きましたが、あのコースなら、前後ともドライロード、又はインデュラインがアトランタオリンピックのTTで使用したようにフロント:ビットリア・ドライロード、リア:ビットリア・エクストリームケブラーというセンタースリック仕様でもよいと思います。(ドライロードは雨が降っても意外と使えます。コンパウンドもコルサーと同じでしょう。ドライロードは20mm、エクストリームが22mmなのでクッション性から言ってもこの組み合わせの方がいいかも?)ホイールは、日石のディープリムを使いました。

 また、オフィシャルにはシマノ・ヨーロッパがいますので、メカトラブルになってもコースに3地点配置されたオフィシャルまで到着すればナンとかなるようです。
 他の選手ですが、ディスクでゴリゴリやってる選手も結構いました。ヨーロッパ人のパワーのなせる技でしょうか?ギア比については、ハードだと聞いていたので、私はフロント:50T×39Tで、フリーを13T×23Tで組みました。

 ところが、日本のコースと違って、やたらと長い直線の下りがあります。そこでは、今回クルクルと足が回っていたので、BIKEに自信のある場合は、フリーに11か12Tが欲しいと感じました。

 次に、26インチか27インチかということになりますが、まぁどちらとも言えず、要するに、無責任なようですが、本人が使いたいと思う方を選べばいいということでしょうか。実は私はヨーロッパだから27インチが多く使われているという考えをもっていたのですが、これは違っており、意外にも26インチが多いです。また、ステムやシートピラーがこれでもかと言うほど長く、しかも、ステムは限界までおもいっきり下げていました。

 身長180cmの私は取り扱いやすいということで27インチに乗っています。ところが、同じ身長でも26インチに乗っているヨーロッパ人はたくさんいました。彼らは、手足が長く柔軟性もあり、頭が小さいですから、空力的に見れば素晴らしいポジションが確保出来ているように感じました。
 ところが、確実に東洋系である私は、柔軟性は平均以上であっても、頭の大きさや、手足の長さまではカバーできません。例えステムを下げたほうが空力的に優れているからとはいえ、後のランニングに影響がないポジションがベストだと思います。
 個人的には、身長170cmを基準に26インチと27インチとが別れる気がしますが、コースによっては170cm以上の人でも26インチでいいと思います。
 パワーマンでは、ニッセキのホイールを見かけることは無く、ジップとHED、スピナジー、カンパのシャマルをよく見かけました。
 フレームは何でもありという感じで、サイクルショーより変わったBIKEが見つかります。
 どうしたかと聞くと、自分で作ったとか、友達が作ったというような職人芸のBIKEが結構ありました。

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【ツアーついて】

 個人とツアーでは、どちらが得かといえば、ツアーということになります。航空運賃を交渉して、レンタカーを借りてと、ごそごそしているとツアーより高くなります。
 今回、私はJTBのツアーだったため、飛行機に関しては荷物の合計40kgまで無料だったので、よく耳にする超過料金の交渉をしなくてすみました。
 また、参加者が少なかったこともあり、現地では芸能人が使うような、冷蔵庫、トイレ付きのリムジンバスが貸切で、まるでJAPANナショナルチームのような毎日でした。日本のバスより広いので、レース当日はバスの中にBIKEを持ち込ませてくれました。
 運転手は英語も出来る人で、私たちにとても親切でした。
 ホテルは、ムーベンピックホテルに泊まりました。日本で言うと、東急インと言う感じでしょうか。とても奇麗なホテルで、部屋も広いです。ホテルの裏に羊が飼ってあったりします。朝は、バイキングなのですが、質量ともに素晴らしいです。まず、日本のように既製品がありません。ヨーグルトやチーズ、はちみつはなんとうりもあります。ジュースも絞り立てで、繊維が残っていますし、パンも菓子パン、クロワッサンなら白小麦のものとマーロンパン系のものの2種類、その他にも色々とありました。余りのおいしさに食べ過ぎに注意です。

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【その他感じたこと】 

  スイスは、旅慣れた方はご存じかとは思いますが、16時か、遅くとも18時には店が閉まってしまいます。ホテルのレストラン以外は、食べ物屋でも閉まってしまいますので、日本からレトルト食品を持ってきている人もいました。

 また、自由行動を取ることも可能ですので、その際は一人でふらつくとこをお薦めします。東南アジアほど治安は悪くありません。ひょっとすると日本より(深夜の東京の繁華街)安全かも知れません。
 私はレース終了後、11時ごろ、ホテルの周りを散歩していました。街は、とても奇麗で、塵一つ落ちていません。これを見ると日本が情けなくなります。現地人と仲良くなることもありますから、何か日本らしいプレゼントを用意しておくとよいでしょう。とても喜ばれます。切手やシールはかさ張らず、そんなに高くないのでお勧めです。

【チャンピオンBIKE】

 パワーマンは、男女の体力差をなくすため時差スタートを取り入れています。(今年は、女子が44分前にスタート)それゆえ、今年もナターシャ バットマンが男子を押さえて、総合優勝しました。彼女は、96ハワイアイアンマンでもBIKEまではだんとつに速かったです。コースを知り尽くしているだけあって、ハワイのように横風が吹かない地形なので、彼女のBIKEは空力先行となっています。一番驚かされるのは、どんな仕組みになっているのか、ブレーキレバーが見当たらないことです。

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【最後に】

 大会運営には本当に感心させられました。参加者のわずか1%の日本人のために日本語説明会を開いたり、日本語を話せる完走者に記念品を渡す係り(しかも美人)を準備して、ゴールで迎えてくれた。スイス人はなんと心憎い演出をしてくれるのだろうかと思いました。
 
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